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名古屋高等裁判所 昭和31年(ネ)222号 判決 1957年3月14日

控訴人

四名選定当事者友松正雄

被控訴人

野口義一

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金二萬円を支払うべし。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ、これを三分し、その二を控訴人その一を被控訴人の負担とする。

事実

(省略)

理由

本件建物の所有権が訴外友松幸之助の死亡により控訴人及び控訴人の母 う、控訴人の弟妹勝治、美代子、幸彦等五名が遺産相続をしてその共有に帰したこと、被控訴人が同建物を右共有者から買受けたとして所有権移転禁止の仮処分をなし、次いで、本案訴訟として右共有者を相手方とし所有権移転登記請求訴訟を提起したが、本案訴訟は第一審において被控訴人が敗訴し、第二、三審を経て第一審判決が確定し、仮処分は取消されたこと及び控訴人が昭和三十年八月訴外永井金三郎に対し本件建物につき売買を原因として所有権移転登記をなしたこと等は当事者間に争がない。

そこで、不法行為の成否につき判断を進めることになるが、その成否は、被控訴人の右提訴が故意過失に基く不当のものか否かにかゝるので、この点を考察する。

甲第一号証、乙第五号乃至第十八号証に原審における証人永井金三郎、控訴人及び被控訴人本人の各供述、当審における証人和田本寄太郎の供述を綜合すると次の事実を認定することができる。

被控訴人は昭和二十二年中本件建物を賃借人訴外近藤はまより、賃貸人友松幸之助の承認を得ることができない場合には返還を受けて転貸借を解消する約の下に、同訴外人に対し権利金、諸式代金名下に合計金三萬円を交付して転借居住するに至り、賃貸人幸之助がこれを承認せず賃料の受領を拒否したに拘らず、そのまゝ占拠を続けて来た。そして幸之助死亡後控訴人においても転貸を承認せず、賃料の受領を拒否し被控訴人に対し、屡々不法占拠を理由に明渡を要求したが応ずるところがないので、昭和簡易裁判所に明渡請求の調停を申立て、昭和二十四年十二月頃同調停は不調に終つた。同調停は、調停委員より議案として本件建物及びその敷地約二十七坪を鑑定価格金十四萬円にて被控訴人に売渡して解決することの提示があつたけれども、控訴人において、同金額を不服として売渡しに応せず不調に終つたものである。ところが、被控訴人は同提案は根拠あるものとして控訴人に対し売渡しを迫り、或は隣人玉置三治を通じてその交渉に当らせたが、同売買契約は成立するに至らなかつた。そして、控訴人は昭和二十五年九月八日本件建物二階に居住していた訴外永井金三郎に対し本件建物及その敷地約二十七坪を後日請求により代物弁済として所有権を移転することを条件として担保に供し金十五萬円を借受けた。然るところ、被控訴人は本件建物の所有名義が右永井に移るのを阻止すべく、控訴人との間に売買契約が成立したと主張し所有権移転禁止の仮処分をなし次いで昭和二十六年所有権移転登記請求の本案訴訟を提起する一方昭和二十二年十二月一日以降昭和三十年十一月分迄の家賃を十一回に亘り受領拒絶を事由とし名古屋法務局に弁済供託しているものである。

右認定に牴触する原審における証人永井金三郎、控訴人及び被控訴人本人の各供述部分は措信しない。

以上認定事実によつて考察すれば、被控訴人は、本件建物につき自己に権利なきことを知りながら、或は少くとも知り得べきに拘らず自己の不注意によりこれを認識せずして、控訴人との間に売買契約が成立したと主張して控訴人主張の仮処分次いで本案訴訟を提起し、控訴人をして応訴せしめたものというべく、所謂故意か少くとも過失に基く不当の訴訟により控訴人を応訴するの止むなきに至らしめて、控訴人の権利を侵害したものと言わねばならぬ。

要約するに、控訴人が被控訴人に対し、数年来不法占拠を理由として明渡を要求し、調停にまで持ち出しても不調に終つたものが、その後調停案と同一金額にて忽然成立したことを窺うに足りる証拠がなく、長年の紛争を売買契約によつて解決するについて、その契約書すら存在しない事実や、売買契約が成立したと主張しながら一方では引き続き家賃を供託して来た事実等に徴すれば、当事者間に売買契約は成立せず、しかも被控訴人はこの事実を知り又は知り得べくして、控訴人の明渡請求を拒否する手段として前示仮処分をなし、次いで所有権移転請求の本案訴訟を提起したものであり、同訴訟は不当のものと認めるに十分である。

然らば、被控訴人の右訴訟は、控訴人に対し、不法行為が成立するというべきである。

よつて、右不法行為に基く控訴人主張の損害の発生について検討する。

控訴人主張の二の(一)訴外永井金三郎より取得すべかりし売買代金九萬円を喪失したとの点について考えるに、控訴人は昭和二十五年九月八日訴外永井金三郎に対し、本件建物及びその敷地約二十七坪を永井の請求により代物弁済として譲渡することを条件として担保に供し金十五萬円を借受けたこと昭和三十年八月右不動産につき売買を原因として同人のために所有権移転登記をなしたことは前叙のとおりであるから、反証なき限り本件建物は永井の請求によつて同約定に基いて代物弁済として所有権を移転したものと認めるのが相当である。

原審における証人永井金三郎控訴人本人の供述中には実際は代金二十四萬円にて売渡す口頭契約をなし、もし一年以内に所有権移転登記ができないときは借受金名下に受領した金十五萬円の残金九萬円の請求権を抛棄することを約定したところ、被控訴人より前示仮処分次いで本案訴訟が提起されたため一年以内に移転登記をなすことが出来ず、控訴人は金九萬円の利益を喪失した旨の部分は措信できない。即ち、右当事者間において、殊更にかゝる迂遠な約定をする必要が認められないし、そうしなければならなかつた事情を窺うべき証拠もないからである。

次に、二の(二)の仮処分とその本案訴訟に対する応訴に基く損害について考える。

応訴に基く精神的苦痛については暫く措き、弁護士に対する報酬の支払について考察しよう。訴の提起に対し応訴すべきは当然の義務であり、応訴には必しも弁護士に委任することを要しないけれども、特殊の技術を要する訴訟手続に不安を感じ、例え確信のある事案でも専門家である弁護士に委任し或は鑑定を需める等することが一般である以上、被控訴人は訴提起にあたり、これを認識するが相当であり、控訴人がその一般の例に洩れず、弁護士に委任し通常の報酬を支払つたとすれば、控訴人が弁護士に支払つた通常の報酬は被控訴人の不当の訴訟に応訴したことに因り蒙つた通常の損害と認めるを相当と解する。当審証人和田本寄太郎の供述によれば、弁護士として控訴人より委任を受けて同訴訟に関与し、謝金は貰わぬことにして所謂着手金として規定の報酬として第一、二審とも各金一萬円を受領した事実が認定され、同金額は同訴訟の経過に照し格別高額と認むべき資料がなく、経験則上相当の報酬額と認めて妨げあるまい。

そうだとすれば、控訴人が同弁護士に支払つた金二萬円は本件不法行為によつて生じた損害額と断ずべく、被控訴人は控訴人に対し、これが賠償の義務があるものとする。

以上の理由により、控訴人の本訴請求中右金二萬円の限度においてこれを認容し、その余は失当として棄却すべきものである。

控訴人の請求を全部失当として棄却した原判決は不当であるから民事訴訟法第三百八十五条に従つて前示の如く変更し、訴訟費用の負担につき同法第九十六条第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 北野孝一 大友要助 吉田彰)

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